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短歌人7月号 会員1   




米を研ぐ指の覚えてゐる量といまの違ひに夫をまた恋ふ
                             中島敦子



茶碗割り供花倒せしは墓掃除覗く子鴉の孤独の遊び
                           平松典子




 身体が覚えている動作や習慣はそれ自体が生活の歴史であり、なかなか意図的に変えていくのは難しい。
 知らずしらずの自分の「無意識」に気づいた時、あらためて湧きたつ思いに遠くを見ることが多くなってくるのだろうか、、、。

 少し前まで田舎の方では、あえてお供え物をいっぱいお墓に置いて帰った。空腹の人がそれを食べてもいいようにとの心遣いからであったし、それがまた供養になるとも考えられていたからだ。
 もっとも今では管理上の問題とかで、「無機質」の状態が歓迎(管理者にとって)されているようだが。

by kanitachibana | 2010-07-04 01:36 | 短歌 | Trackback(5) | Comments(0)

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