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2月28日 讀賣新聞 よみうり文芸   

<短歌>
なにごとも無かりしごとく米を研ぐインフルエンザ癒えし夕暮れ
                             旭区 滝 妙子

 インフルエンザが家族にかかると、本人はおろか家族も会社や学校に行くことができなくなってしまう。でもきちんと処置すれば、嘘のように一週間くらいで治ってしまう。そしてまた淡々と、今までと同じ日常が始まって行く。何事もなかったようにまた今までの暮らしが戻ってくるというのは、実にあり難いことでもある。

網を裂く鱶(ふか)狩りと言う天草の漁師ら海に十字を切りぬ
                      相模原市南区 村田 守
 天草と十字が近すぎるという感もあるが、生き物に対する畏敬の念がしっかりと伝わってくる。

また来ると母に約せば目が笑ふ吾より妻の手を握りしめ
                       戸塚区 鮫ケ井正勝
 息子が実家に顔を出すというのは、よき妻よき家庭があってこそ。お母さんはそんな奥さんに感謝。そしてくれぐれも息子をよろしくとの思いで、また奥さんの手を握ったことであろう。

<俳句>
対岸に流れ片寄り冬の川
  保土ヶ谷区 斎藤山葉
 冬枯れの水の少なさ、はたまた彼岸と此岸の思いを込めているのかはわからないが、情景がよく見えてくる。

水仙の折れたるままに香りけり
         二宮町 原 新平
 折れようと捨てられようと水仙は水仙。生ある限りその存在を訴えているのであろう。

菜畑の葉を打つ音や初霰(あられ)
           三浦市 三宅 進
 霰は雹みたいに農作物に被害は与えない。フロントガラスに飛び跳ねる白いものに気付くと、「あ、アラレだ!」と、つい声を出して空を見上げてしまう。やはり空からの贈り物なのだろう。

底冷えの桟橋軋(きし)み船溜(だま)り
           保土ヶ谷区 小林いく

 波に揺れぎしぎしと声を出しているのであろう。冬の寂寥感が出ている。

厨口(くりやぐち)芹(せり)ひと括(くく)り置いてあり
                  茅ヶ崎市 久保田紀子

 新聞の紙上では小さいルビ処理のため、さほど気にもならなかったが、こうして横書きで大きなルビにしてしまうと違和感を感じてしまう。(これはこのブログの書き方の問題ではあるが) 
声に出して読むとリズムがあり心地よい。ルビそのものが不要とも思えてくる。

島裏に波音とどき冬椿
   大和市 土井和子

 日常生活では鍵のカチャンと閉まる音にも季節を感じますが、海のある所では波音にも季節があるんでしょう。その音を聞き花は咲く時を知るんでしょうね。

<川柳>
逝く道へ播(ま)いてやさしい花の種
         鎌倉市 本阿弥光敬

 花は咲き、枯れてまた種を残し花が咲く。生も死もひとつなんでしょうね。

帰りたい故郷はあるが墓ばかり
      保土ヶ谷区 大嶋敏子

 自分を知っていてくれる人のいない故郷は寂しいかぎりである。墓参りをしても、代替わりした実家には寄らずに帰るという話はよく聞くことである。故郷は遠きにありて、、、が沁みてくる。

いち年を臥(ふ)さずに来れてツルとカメ
              旭区 河合りえ子

 無事に一年を越せたと感じる時が誰にも来るのであろう。生きてる限りは元気でいたいものである。

雨ごもり独り詰碁の石を打つ
  相模原市緑区 山口好明

 楽しみは自分で見つけないとだめである。その場限りの乾いた笑いはテレビが提供してくれるが、リモコンを切った時の静けさは耐え難い。常にノイズに浸っていないと不安を覚えてくる。腕を組んで「う~ん、、、」と考えのめり込むようなものを持っていれば、これからの時間もずっと楽しくなることであろう。

by kanitachibana | 2015-02-28 16:31 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

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