「稚鮎の賦」 秦 孝浩
2015年 06月 21日
雨の日曜日は予定がキャンセルとなる。でも、それはそれでまた別の楽しみがあるもので、雨音を聞きながらの休日も落ち着いていいものだ。
水軽くかわになの道を過ぎゆけり
梅の香を先に入れたる宵の客
春蘭を甘酢で締めてゐたりけり
かげろふや小さき塚を去り難し
春田打つ往く雲水は不耕の徒
以上「稚鮎の賦」 秦 孝浩 より
淡い水彩画を見るような心地よい作品である。5句目の 春田打つ━にあたっては、自分の中にも常々ある思いである。
車で帰省する時など、水田地帯の中の道路をゆったりと走る時がある。窓を開け肘をかけたりして。
道路より低い田んぼでは、みんな黙々と働いている。そんな彼らに、私はどう映るのであろうか。「こっちは一生懸命に働いているのに、いい気なもんだ、、、」と思われているのではないか、などと考えてしまう。
もちろん私にも彼らにも休日はあり、たまたま私の休日が彼らの仕事日と重なっただけである。そんな事は重々承知の上であっても、やはり少なからぬ負い目を感じてしまうわけである。
働く者と働かない者。耕と不耕。自分を不耕貪食の徒と感じてしまうのは、やはりそれなりの理由が私のなかにあるが所以であろう。
by kanitachibana | 2015-06-21 15:45 | 俳句 | Trackback(48) | Comments(0)

