二人子を亡くした母がわたしならいりません絆とかいりません
小島ゆかり『泥と青葉』
9月27日読売新聞文化欄に紹介されていた歌である。
朝出がけに読んで言葉に詰まり、夜帰ってきて読んでまた涙が出そうになった。
大震災を詠んだものであろうが、私も常々この「絆」という言葉の使われ方には甚だ違和感を感じている。いや嫌悪感と言ってもいいだろう。
もちろん被災地の人々を心から心配し、何とか力になりたいと思っている人も多いだろうし、実際何らかの行動を起こされている方もいらっしゃるだろう。
ただ一時期「絆」という言葉が流行りとなり、業務用の車にやたらとその類のステッカーが貼ってあるのが目に付いた。「絆」はもちろん、「がんばれ○○」「わたしたちは一人じゃない」とかのそれである。
制限速度そこそこで走っていても、容赦なくパッシングを浴びせ追いこして行くトラック。そのくせ道路が込んでいる時などは、のろのろ運転が不得手なのか、前の車が進んでもずっと発進しないままである。これが逆ならクラクション乱発ものだろう。
そしてそういった車の後部には、たいてい「絆」のステッカーが貼ってあった。
ファッションや上辺だけの絆は要らないのである。たとえ悪意はないにしても、その安易な使い方が、さらに当事者の心を空ろにしていくこともある。
言葉(言)と行動(成)が一致して初めて誠となる、と聞いたことがあある。