<読売俳壇>
どの山も抱へ切れないほど青葉
福山市 広本 貢一
祖父祖母の大きな声や胡瓜畑
神戸市 吉野 勝子
自然の中で営む仕事では、誰はばかることなく大きな声で会話をする。幼い時はそんな祖父母を恥ずかしいと思った時もあったが、今ではなんとも懐かしいことである。
鉄骨を組む足場より黒揚羽
仙台市 松岡 三男
蒼朮(そうじゅつ)を焼きて始めし解き物
蓮田市 千葉 玄能
朮とはオケラのことらしい。そもそも山野に自生するキク科の多年草で、食用としてはもちろん、薬草や蚊遣りとしても用いられたとのこと。こういった言葉に巡り合えるのも、俳句の楽しみの一つである。
すれちがふとき耳打ちす蟻と蟻
松山市 久保 栞
蟻というと、そのくの字に曲がった触覚でピピッと交信するイメージである。だがよほど聞かれたくない(傍受されたくない)話だったんだろう。何やら不穏な動きが、、、。
<読売歌壇>
父の日に介護病棟訪ねれば私のはがきふところにあり
吹田市 三原 照代
淡々とした歌ゆえに、胸に深くしみてくる。いつの時代も繰り返されている、親と子の言葉にならない思いである。
今週も我が名はあらず朝五時の歌壇俳壇小手毬白し
滝沢市 小田佐枝子
おめでとうございます。その他多数の一括りではなく、自分の作品と名前が活字にされるのは大きな励みとなります。小手毬が作者の立ち位置をはっきりとさせ効果的と思います。、
蟻の巣に内線電話がもしあれば卵の部屋は002番
東京都 武藤 義哉
下の子が寝た頃そっと甘えだす長女は我に顔をうずめて
横浜市 友常 甘酢