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7月6日讀賣新聞 短歌あれこれ   

 7月6日讀賣新聞の「短歌あれこれ」に、次のような興味深い一節があったので紹介させていただく。歌人の奥田亡羊氏に依るものである。

 すっかり忘れていたことが風景と出会って鮮やかによみがえることがある。
 以前、ある交差点の信号でバイクを止めたとき、不意に涙が流れて止まらなくなった。道の向こうに私より若い母が立っているのが見えた。そこは幼いころ、私が初めて迷子になった場所なのである。
 (中略)
 記憶の奥にしまわれていた風景と出会って人は唐突に老いるのである。

 誰しもこんな経験はあるのではないだろうか。不思議と言えば不思議であるが、それが何の前提もなく突然現われたものか
我々の映像体験(テレビ、映画等)と重なり合って生み出された虚構なのかは定かでない。だが、そんなことはどうでも良い。その時の思いが全てなのである。
 私にも経験がある。私の場合は足音からであった。
 乗客も少ない昼過ぎの電車で目をつぶり座っていた時、コツコツと聞き覚えのある足音が近づいてきたのである。家の中で寝ている時も、足音だけで誰かが分かるように人にはそれぞれ特徴がある。擦るような音、軽やかな音、重心が後ろにあるような音とまちまちである。
 その聞き覚えのある足音が、5,6年も経って突然聞こえてきたのである。そしてその足音は私の前で来るとぴたりと止んだ。だが、私はどうしても目を開くことができなかった。




 

by kanitachibana | 2020-07-11 17:58 | 短歌 | Trackback(615) | Comments(0)

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