<読売俳壇>
歩行器に楷書の名札風薫る
川越市 福田 愛子
かつては自分の持ち物に名前を書いてもらっていたが、今は自分のその親の歩行器に名前を書くようになってしまった。さびしい気持ちにもなってくるが、「風薫る」がまた気持ちを前向きにさせてくれる。
嫁迎へ父の日らしく過ごしけり
志木市 谷村 康志
若い時分は「~らしく」とか聞くと、らしさって何だ?とむきになっていたが、この父親の気持ちはよくわかる。お嫁さんにしてみれば、他人の家に一人で入ってくるのだから不安もあるだろう。さすれば父親も子が一人増えたような気持ちで迎えねばならない。最初はぎこちなくも父らしく。
躙(にじ)り口出でて泰山木の花
島根県 おもそ峡人
山の風入れて涼しきまろ寝かな
東大阪市 山本 隆浴
帰省した時など、この気持ちがよくわかる。畳に直接寝転がり大きく伸びをする。当然近くには親がいて、「あらあら、、、」とか言って笑んでいる。
浴衣着てゆくと約束したらしく
栃木県 あらゐひとし
年ごろの娘さんだろうか。親の言う事など碌に聞きもしないのに、なぜか友だちとかの約束は頑なに守ろうとする。友だちとの写真には、親の知らない笑顔がいっぱいだ。
ががんぼの溺れる如く壁をうつ
川越市 伊藤 康昭
共存といふ闇のあり蟇(ひきがえる)
小田原市 木村のり子
この闇は悪だくみを共有するような闇ではない。例えば、稼働していない炭焼き小屋の窯の中など、その暗闇のなかに複数の生き物が共存している。自然界の厳しさから身を守るために、じっと闇を分け合っているのである。生きるという共通の目的で。
<読売歌壇>
いづこまで行ききしものか暁(あ)け近く鼻の冷たき猫を抱き入る
鹿嶋市 加津牟根夫
給付金で破れた網戸はり替えてステイホームの夕風涼し
佐世保市 鴨川 富子
犬を飼え飼えなくなれば引き継ぐと嫁御やさしく桜見上げる
岡山市 上塚 香
私にも優しいあの子の完璧なポニーテールがただしく揺れる
札幌市 三浦 なつ
迷惑な妖精のごと忍び込み子の部屋ちょこっとづつ片付ける
三次市 山本 美和
「あ」を打てば一番先に「会いたい」と出てくるさみしがり屋のスマホ
平塚市 小林真希子
砂浜に寝転びまぶたで太陽の熱さをはかる君が呼ぶまで
川口市 高城 ナナ
総菜のレジ袋下げスーパーを出でし夕暮れ 妻ぞ恋しき
川崎市 北沢 圭人