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悲しみはどこに   


 人はみな悲しみの器。頭を垂りて心ただよふ夜の電車に
                     (岡野弘彦)

 年齢を重ねるほどに、いや長生きの代償としてか、悲しみや独りをかみしめる機会が増えてくるものと思う。
 そんな時、歌を詠むことのできる人のしあわせをつくづく感じる。歌があれば、悲しみも独りも全部容れてしまうことができる。それはけっして大きい器ではなく、限られた数の文字しか入らないコンパクトな器である。そしてまた、悲しみや哀感が実に都合よく収まる(入れ方にもよるが)

 「人はみな悲しみの器」とはよく言ったものだ。歌もまた然り。
 歌が悲しみの器であるならば、悲しみも孤独もネタにしてしまうことができる。
  お笑いの芸人が自分に降りかかる不幸を「ラッキー」と感じ、それを面白おかしく話すのと同じように。

 年齢を重ねるということは、必然的にネタも多くなってくるということだ。
 器を持たない者はただ項垂れ、文字通り言葉にならない寂しさに身をよじるだけかもしれない。
 器を持つ者には、言いようもない悲しみや喜び(これは少ない)をネタとして流し込む、大変ではあるが満ち足りた時間が一日の終わりに待っているのである。

 人は悲しみの器。歌も悲しみの器。
 
 ネタは当分尽きそうもない。

by kanitachibana | 2013-04-25 00:16 | 短歌 | Trackback | Comments(0)

読売歌壇 4月22日   



豪雪のなかにわが娘(こ)を抱(いだ)きしめ凍死せし父よ涙とどまらず
                                東京都 古川 貞子

   文字を目で追うだけで涙を抑えきれない。声に出して読むことなどとう
   ていできそうにもない。  せめては娘が無事であったことを伝えてあ
   げたいものだ。


背に負ひて三十八度線越えてきし娘にみとらるる今の幸せ
                         山口市 河口 繁子

   幼子を背にし、地を這うようにしながら逃げてきた母と娘。
   今、しばしの平穏を娘と共にある。幸せであってほしい。



満開の桜を見ても年ごとに心の高ぶり薄れゆくなり
                     東京都 根本 亮子
   
   なぜかあれほどに心躍らせたものが。。。
   桜は誰と見るかで美しさも変わってくるものだろうか。



キッチンの敷物に今朝つまづきぬそうだ私は八十になる
                        勝浦市 里見 絹枝

   知り合いのご婦人も扇風機のコードに足をひっかけ転んだ
   という。一人暮らしの彼女には、今まで一度もそんなことは
   なかったが。
    そういえば、この前遊びにきていた孫がちょっと扇風機の
   位置を変えたらしい。
 

by kanitachibana | 2013-04-24 22:33 | 短歌 | Trackback | Comments(0)

読売俳壇 4月22日   




雪吊をほどけば空の限りなし
        むつ市 畑中 継雄


鳥帰るかへらぬ鳥は漂ひて

      八戸市 ちば夜汽車

by kanitachibana | 2013-04-24 21:39 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

神奈川俳壇 4月21日   




膝を抱く男の像に飛花しきり
          中原区 ベッキー安田


背なの児の足で喜ぶ花祭り
            厚木 北村 純一


藍のれん野毛の小路の暮れ遅し

           鶴見区 丸岡 哲也


ペンペン草風に言葉を攫はれぬ
            港南区 本多 豊明

by kanitachibana | 2013-04-22 22:16 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

神奈川俳壇 2013 4月14日   




庖丁に引金のなし花の昼  
        横浜緑区 近江満里子


煮凝りやひと日ひと日と母老ゆる   
             箱根町 桐谷 綾子


まんさくや戦知らずの城下町        
            栄区 津田  壽


胸深く収め北窓開きけり   
         清川村 瓜田 国彦

 
風呂敷に春満載の母が来る     
          青葉区 菅沼 葉二   

by kanitachibana | 2013-04-15 21:39 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

神奈川歌壇 2013 4月14日   



はじめての児の寝返りも這ひ這ひもこの畳なりき引つ越しの朝
                           瀬谷区 古山 智子

by kanitachibana | 2013-04-15 20:47 | 短歌 | Trackback | Comments(0)

短歌人会員2 4月号   




子ら継がぬ畑と思えばいとおしく土いたわりて鍬入れをする
                               篠崎義夫


船泊る港で釣する親子連れその楽しさを我はねたみぬ
                            横倉勝一


迷いつつ歌続けてはしゃがみ込む「生」を負う背を休める
                            赤井多恵子


玄関に仕事着のまま従兄来て叔父の死を告ぐ夏のゆうぐれ
                               矢野義信


雛飾り、ピアノわが家を出てゆきぬ子らが家より出でたるやうに
                                小松志津子


男らが狩より帰りくる前にうまき飯つくるわが快楽は
                          高橋れい子



  いずれの歌も「何を詠うか」の大事さを教えてくれている作品であると思う。
  素直に詠むことが、やはり我々の心にも素直に響いてくるものなんだろう。

by kanitachibana | 2013-04-07 20:19 | 短歌 | Trackback | Comments(0)

短歌人4月号 会員2   




白蛇に嚙まれたる夢よみがへる雨戸の穴のひかり浴ぶれば
                               海野 雪


ひとしきり鬼遣らい終え食う豆の数えるほどに鬼の悲しき
                              川前 明


「もうあかん やめます」と書いて二十年閉店セールで靴を売る店
                                  髙井忠明
        

子を叱り洗顔すればいつしかに我を守(まぼ)らふ父の面(も)に似つ
                                    佐藤渓冴
     

削ぎごぼう水に放ちぬこれ終へて正月用意はなべて整ふ
遠山は灰色に溶け小雪舞ふ丹後平野に人影あらず
                             森 敏子


声美人と吾を笑ひし男の貌もおぼろとなりぬ 声嗄るる
温き日の”あら・あら・まあ”とバス停の高齢者らの交はし合ふ声
                                  青木みよ


サイレンが五時の時報を告げるまで日暮れに急かされ白菜洗う
                                 堀口澄子


棟木上げ柱の間から見る空は我がものかなと思い違うよ
                              髙橋朋子


矢印に沿うて廻ればペンギンが岩場に立ちて海を見ている
                               佐藤悠子


正月さんはよいもんだ幼子のひかりと笑みを連れてござるよ
                              小島千恵子


空を見ず空も見えずに雪の中一月はただ雪を抱くばかり
                              橋本明美


病名はなんなのでしょう終わってはまた回している洗濯機
                              梶原治美

by kanitachibana | 2013-04-07 19:15 | 短歌 | Trackback | Comments(0)