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<   2015年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧   

6月21日 神奈川新聞   


<神奈川俳壇>

電灯の笠の優曇華母の声
       厚木 田中啓介
 こんなところにも、と思うところにクサカゲロウは卵を産む。吉兆とも凶兆とも言われる。そう、意図しない時ふいに母の声が聞こえてくるものであろう。

味噌蔵の太梁乾く旱梅雨
    小田原 藤田顕英

 味噌蔵は黴の生育にも適するような暗い静かな場所にあるものだろう。梁もむき出しで時間を感じさせる。考えてみると、我々はつくづく自然の恵みに生かされていることが分かってくる。

一村の甦りたる植田かな
     厚木 平野浩二

 一村の━とかあると、ああまた来たかという感であるが、うまくはまると思わず膝を打ってしまう。地名に田の付く所は多いが、青田あってこその地名である。
 

昏れてなほ野毛坂明し山法師
         西区 原田郁夫

 暮れかかる山坂を僧兵の一団が上っているのだろう。雰囲気がよく出ている。

by kanitachibana | 2015-06-27 10:36 | 俳句 | Trackback(26) | Comments(0)

「稚鮎の賦」 秦 孝浩   


 雨の日曜日は予定がキャンセルとなる。でも、それはそれでまた別の楽しみがあるもので、雨音を聞きながらの休日も落ち着いていいものだ。

 水軽くかわになの道を過ぎゆけり
 梅の香を先に入れたる宵の客
 春蘭を甘酢で締めてゐたりけり
 かげろふや小さき塚を去り難し
 春田打つ往く雲水は不耕の徒

 以上「稚鮎の賦」 秦 孝浩 より

 淡い水彩画を見るような心地よい作品である。5句目の 春田打つ━にあたっては、自分の中にも常々ある思いである。
 車で帰省する時など、水田地帯の中の道路をゆったりと走る時がある。窓を開け肘をかけたりして。
 道路より低い田んぼでは、みんな黙々と働いている。そんな彼らに、私はどう映るのであろうか。「こっちは一生懸命に働いているのに、いい気なもんだ、、、」と思われているのではないか、などと考えてしまう。

 もちろん私にも彼らにも休日はあり、たまたま私の休日が彼らの仕事日と重なっただけである。そんな事は重々承知の上であっても、やはり少なからぬ負い目を感じてしまうわけである。
 
 働く者と働かない者。耕と不耕。自分を不耕貪食の徒と感じてしまうのは、やはりそれなりの理由が私のなかにあるが所以であろう。

by kanitachibana | 2015-06-21 15:45 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

6月20日讀賣新聞 よみうり文芸   

<短歌>
職退く後久々乗りたる相鉄線車輪の軋(きし)み消えて居(お)りたり
                            伊勢原市 黄金井春男

 時間帯によって電車の光景は全く違ってくる。朝の通勤時は混んで、電車も悲鳴をあげている。ただただ移動の手段とすれば見るものもない。自由の身となった今は心なしか、差し込む光さえ穏やかである。

初孫を沐浴(もくよく)させるわが腕に昔の力残りてゐたり
                          旭区 松井暁子
 不安げに抱いてはみたが、体があの時の感触を蘇えらせてくれる。ああ、こうやって時代は繰り返していくんだな。 

電話口の訃報の知らせ聞きづらくくぐもる声に相槌(あいづち)をうつ
                               秦野市 小室恵子
 言葉は聞き取りづらくとも、痛々しい空気は十分に伝わってくる。ただただ頷き気持ちを受け止める。


<俳句>
きのふよりけふ雲白し夏はじめ
        金沢区 小林千秋
 空の青さがことさらに雲の白さを際立たせてくれる。そう感じた時から夏が始まるのだろう。

たかんなの今日は背丈を越えにけり
          南足柄氏 海野 優

 雨後の筍とはよく言ったもので、実に成長が速い。子の成長と一緒である。

<川柳>
キラークイーン指鉄砲を月に置く
     海老名市 やまぐち珠美

 魔性の女とでも言うのでしょうか。月夜に狙われでもしたら逃げ場はないでしょうね。

掛け違う釦(ぼたん)そのまま共白髪
            二宮町 原 新平

 もう今さら、、、と受け入れるか。いや、このままじゃ納得できないと思うか。なんやかんやで、一緒にいたからこそ見えてくる何かもあるんだろう。良し悪しは別として。

つれづれを緑で癒す草むしり
  横須賀市 竹ノ内倉次郎
 むしってもむしっても草は生えてくる。本当に追いかけっこである。いっそコンクリートにしてしまおうか。除草剤で根こそぎ絶やしてしまおうか。 手でむしるほどの草の土地はまた、自分の居場所にもなってくれる。



 

by kanitachibana | 2015-06-20 16:13 | 俳句 | Trackback(24) | Comments(0)

6月14日神奈川新聞   

<神奈川歌壇>
おもむろに座問答執り行なはれ神揃山(かみそろいやま)は葉桜となる
                              大磯町 大久保 武

待つといふ楽しみこそが若さなれ老ゆれば待たぬもののみが来る
                              横須賀 丹羽利一

水中へ白手袋の腕入りて傷負ふ海豚の頭(づ)をなではじむ
                            平塚 荒木禮子 

どくだみと発すればなほ怖き花稲荷のほこら在りし辺りに
                          平塚 升水昭夫

<神奈川俳壇>
薫風や替へて病衣の小花柄
      横須賀 鏡渕和代

 入院も長いのであろう。それでも季節は忘れたくない。いい家族に恵まれているに違いない。

リハビリに通う坂道やいとばな
      横浜南区 千葉幸江

 これから暑くなるとますます坂道もきつくなるだろう。やいとばなが情景によく合っている。

たきりの姉の待ちゐし更衣
        厚木 田中啓介
 これもまた家族の愛情がしみじみと伝わってくる。

漬茄子の紺透き通る切子鉢
       磯子区 羽原ナカ

 切子と紺はよく似合う色である。涼しさも感じさせてくれる。

大仏の螺髪撫で肩花は葉に
      金沢区 下田克洋

 リズムがあり心地よい。「花は葉に」の着地もよい。

緑陰に半身隠して磨崖仏
      栄区 津田 壽
 作者の立ち位置とあたたかい眼差しまなざしが感じられる。

父の日の父のゐさうな古書肆かな
          茅ヶ崎 清水呑舟

 書肆は「しょし」と読み、本屋のことらしい。子もまた父に似て書物が好きなのだろう。

by kanitachibana | 2015-06-17 21:14 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

6月13日讀賣新聞 よみうり文芸   

<短歌>
ふたまわり小さくなりし老犬は子犬の頃のバンダナに戻る
                       神奈川区 杉本恭子

再発の病つげられ中庭のさつきの花を見つめてをりつ
                      旭区 新谷垣秀規

<俳句>
江ノ電の線路の軋(きし)み夏始め
          金沢区 広瀬恒三

<川柳>
この国の土になるまで種を蒔(ま)く
            旭区 二宮茂男
  
切れ味はシャープゴッホの耳が飛ぶ
          小田原市 倉 草子

騙(だま)し絵をドスンと落とす癌(がん)告知
          相模原市中央区 北 修二

by kanitachibana | 2015-06-13 21:28 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

6月8日讀賣新聞   

<読売俳壇>
青柿を踏んで畑に水運ぶ
    島根県 重親利行

 小さな青柿がたくさん地面に落ちている。一つ二つなら跨ぎもするが、、、。農を生業とするものには、通わなければならない道である。この時期作物は、喉をからからにして水を待っている。

夕闇の見ゆる高さに栃の花
      上尾市 中野博夫
 栃の実はかつて食用にされたと聞く。夕闇にみえる花が郷愁を呼ぶ。

田水張り村水平となりにけり
      大垣市 大井公夫

 水田は平らな土地にあるものだ。なおかつ水を張れば、村全体が一枚の鏡である。

<読売歌壇>
夕焼けの硝子戸燃ゆるこの路地をこころ急ぎてわが帰るなり
                          奥州市 白石忠平
 かつて仕事が9時5時の形態であったころは、夕日と共に帰路につくのが日常の光景であったろう。何か嬉しいことが待っているのか、それとも心配事が待っているのか。赤い硝子戸が心さわがす。


無住寺の崩れ土塀の昼顔の咲いてひさびさ法会の読経
                        埼玉県 小林 実
 畳みこむように情景を絞り込んで行って後半の経を読む声。秀逸である。

金丸座の回り舞台を支えたる昏き奈落は江戸のままなり
                      高松市 小林八州男

 表舞台とは違って、日の当たらない舞台裏。見えない苦労は見えないままで良いのかもしれない。

ささやかなわが預金ある銀行の屋上看板見える病室
                     高崎市 門倉まさる

 実景であろう。入院していても、気になることはいっぱいある、早く元気になって、この看板を下から見上げたいものだ。

この乳房の君の大きな手のひらにあまる分まで私を愛せ
                        岩手県 中沢水稲
 情熱と不安。思いは言葉で表し切れない。だから何度でも口にして繰り返すのだろうか。

by kanitachibana | 2015-06-13 17:14 | 俳句 | Trackback(27) | Comments(0)

6月7日 神奈川新聞   

<神奈川歌壇>
片頬の笑い横目で見て黙る長い月日の夫婦の償い
                    戸塚区 佐宗左知子

 問わず語りの言葉かどうか定かでない時、どう反応したらよいのか困る時もある。黙って聞き流すのも一つの会話であろう。長く、そしてこれからも続けていきたい二人の暮らしだからこそ、言葉に出せないものを皆抱えているに違いない。

<神奈川俳壇>
遠雷や父より老いて父を恋ふ
       茅ヶ崎 清水呑舟

 気が付けば、とうに父の齢を超えている。時が経てば、ますます父が近づいてくるものだ。

樟若葉社一つの見え隠れ
      三浦 吉原博義

 春の風に若葉が揺らいでいる。動くものが動かぬものを際立たせてくれている。

この里の日のしたたりに花みかん
           三浦 秦 孝浩

 みかんは日当たりの良い温暖な地が適している。おだやかな里に違いない。

万緑や苔を袴に五輪塔
   伊勢原 前田明水
 新興地には仏塔の類は存在しない。昔ながらの信仰の地なのであろう。

<神奈川柳壇>
明暗を分ける人事の無表情
      金沢区 金澤 昭
 人事も決めるまでにはさまざまな苦悩があるだろう。でも発表の段階ではもう結果。全身空っぽにして周りの声、表情をやり過ごすしかない。

伊勢エビの髭に値が付く魚市場
         中原区 尾木京子

 伊勢海老の象徴であるあの長い髭。ある種のブランド力であろう。

by kanitachibana | 2015-06-13 16:01 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

5月31日 神奈川新聞   

<神奈川歌壇>
どれくらい北へ進めばふる里の町見ゆるかと地図広げたり
                         泉区 北井太刀子

母に似ぬわが顔なれば迷ひなく父似と思ふ父を知らねど
                       葉山町 中島やさか

従兄の名呼びて手招く老い母にごぶさたですと甥を演じき
                         二宮町 原 新平


<神奈川柳壇>
思い出が語り尽せぬ母のひざ
     横浜南区 久間木巖

駅アナの癖も覚えた待合わせ
     多摩区 加藤太美治

<神奈川俳壇>
刈り残したる十薬の花ざかり
     葉山町 中島やさか

ひかがみの風こそばゆき立夏かな
          横須賀 鏡渕和代

晩鐘(ばんしょう)も濡れて山路の春しぐれ
                中区 豊里友昌

初つばめ見たりと記す農日記
         藤沢 伊東 清

山いくつ越えきし風や菖蒲池
       箱根町 桐谷綾子

一湾の海光切って鱚を釣る
       三浦 吉原博義

麦秋の丘に残れる掩体壕
       三浦 秦 孝浩

by kanitachibana | 2015-06-07 15:58 | 俳句 | Trackback | Comments(0)